代表プロフィール

1983年5月 東京都新宿区に生まれ、生後1ヶ月~23歳まで茨城県北相馬郡利根町で過ごす。
地元の小中学を卒業後、東京工業大学工学部附属工業高等学校(現 東京工業大学附属科学技術高等学校)工業化学科に進学。高校で専門としていた無機化学分野をさらに学ぶため東京理科大学 理工学部 工業化学科に進学。
進級条件が厳しい学部・学科であったことから、大学時代は入学~3年間は早朝から夜まで授業以外の1日の大半を図書館で、4年時は1日の大半を実験室内で過ごし、遊びとは無縁の大学生活を送る。
分野外の保険営業との出会い
将来の進路として研究者の道を志すも、国立の研究機関の独立行政法人化に伴い求人条件が大きく変化したこともあり、進路について1から再検討することに。当時、起業ブームであったこともあり、図書館や書店にて毎月100冊以上の起業関連本を読み漁り、家業でもあった保険代理店業に関心を抱くようになる。
保険募集を手伝うための資格取得に伴い受講した研修を通し、保険の社会的意義を理解し、保険会社に寄せられたお客様からのサンキューレター等に心を動かされ、大学卒業後は保険営業マンとして働くことを決意。
周囲からは反対されつつも、当時はまだそれほどメジャーではなかった(複数の保険会社を取り扱う)乗合系保険代理店を設立・経営することに決め、大学在学中に両親と共に当社を設立。
大学卒業後、すぐに営業活動を開始するも元来 人とのコミュニケーションが得意ではなかったことなどが影響し、やはり当初はかなり伸び悩む。それでも個人宅への週800件ペースの飛び込み営業から獲得した顧客からの紹介により徐々に契約を積み重ね、取引先である取扱保険会社も国内・外資含め最大10社まで増やし、3年目からは顧客からの紹介のみで営業するようになる。
5年目以降はそれまでの営業で培ったノウハウを活用し保険代理店営業マン向けセミナーにてコンサルティングセールスや紹介入手の手法をテーマに講演講師を担当。さらに自社開催での一般顧客・法人向けセミナー、医療系団体からの依頼や各種士業とのジョイントでの営業系セミナーで講師業を多数務めた。
ただ、この頃からセミナーや商談の際に「将来の人口・年齢分布」に自ら言及するたび、超少子高齢化時代に自分自身もこのままのスタイルで保険営業の仕事を続けてゆくことが最善か真剣に考えるようになる。
害虫獣防除業 本業化への転機
2011年には当時居住していた千葉県我孫子市にて東日本大震災に伴う液状化により家屋全壊の被災者となる。当時の法人顧客も被災したことで(保険契約の)解約等が続いたこともあり、今後進むべき道についてより真剣に検討するようになる。そんな折、社長である父(現会長)が別事業部として管理していた害虫獣防除業に関心を持つようになり、現場にも同行し、専門商社主催の研修会などにも参加するようになる。
当時、弊社が主に行なっていた害虫獣防除業務は主に学校や介護施設などの特定建築物の点検業務やゴルフ場の厨房の害虫防除などがメインであったが、突発的に外部から持ち込まれゴキブリ等の害虫が発生した際、顧客への詳細なヒアリングを実施し、生態に合せた理論的アプローチで工法・薬剤を選択・施工し、短期に被害を収束させ、顧客から感謝の言葉をかけられる父の姿を見て「これだ!」と感じるようになる。
自分がそれまで専門としていた保険営業においては、相談を受け顧客が現在加入している保険を継続した場合と自分の提案した商品に乗り換えた場合のBefore & Afterを提示し、10年単位で見ると数百万円程度コストが軽減されるような提案を多数し喜ばれ、沢山のご紹介もいただいた。だが、保険というのはいざ加入する時になると、戦後の国内生保レディー達が築き上げてきたGNP(義理・人情・プレゼント)といった業界特有の悪しき慣習のせいもあり、顧客の大半は「加入してやるもの」というスタンスで契約する。
専門知識を駆使したコンサルティングで喜ばれつつも常にポジションは顧客が上であり、報われ・感謝される時といえば顧客が入院する・死亡するといったお世辞にも喜ばしいとは言えない時ばかり。本当に困った時のための いわば「将来への遠い約束」であることに意義があるのだが、当時の私は顧客と自分のポジショニングの違いに既にかなり疲弊していた。
だからこそ、いま困っている目の前の生活者の抱える問題に向き合い解決することで、シンプルに「ありがとう」と感謝されるという害虫獣防除業に強い魅力を感じるようになる。
更に従来型の点検を主とした業務も一定の需要はあるものの、一般個人宅においてもハチなどの害虫は勿論、ネズミやハクビシンなどの害獣に困っている方がかなり多いということを知り、個人向けのサービスにも本格的に参入することを決意。
約3年の期間をかけ、お預かりしていた保険契約を委譲し、害虫獣防除業を本業化。本業化して4年ほどは生活関連サービスのポータルサイトからお問い合わせ → 紹介のあった顧客への対応を主な対象として営業し、茨城県南・千葉県北を中心にあらゆる種類の害虫・害獣の駆除作業を行なった。
ポータルサイト系案件での修行の日々
このポータルサイトから顧客の紹介を受けていた時期はいわば修行のような機関で、ネズミだけで年間140件余りの防除作業を実施し、シロアリやハチなどの害虫、コウモリやハクビシン・アライグマなどの害獣なども含めると200件余りの防除作業を実施し、守備範囲を徐々に拡大していった。
多数の現場を経験する中で、これまで常識とされていた生態とは異なる挙動・生態を示す害虫・害獣に対峙する必要があり、いわゆる定石と言える工法・薬剤では被害状況の改善が望めない難駆除案件を多数担当。これらの経験を通し、現場を詳細に観察すること、詳細かつ的確なヒアリングの重要性を学ぶことができた。
ただ、この頃より紹介元サイトの紹介手数料率が上がり、お客様への負担額の増加を余儀なくされる状況になってきたことから、ポータルサイト経由での仕事から撤退。
時を同じくして公益社団法人日本ペストコントロール協会ならびに一般社団法人茨城県ペストコントロール協会に入会。主な活動エリアを茨城県南および千葉県北の一部に絞り、それまで以上に地域密着型のサービスを提供するようになる。
「未知なる見えざる敵」
~感染症との闘いの日々~
2020年春~
新型コロナウイルス感染症の世界的流行が始まり、事業所などを中心に多数の陽性者発生施設の消毒作業を実施。県内最大級クラスター発生施設(当時)の消毒作業の陣頭指揮にもあたった。
この頃は毎日2時間ほどの睡眠時間で、文字通り不眠不休の闘いを強いられたが、「誰かがやらなければならない仕事なら」、「自分たちの仕事が誰かの感染リスクを下げ、誰かの安心に寄与できるなら」と自らの心奮い立たせ多数の消毒案件を担当。
2021年4月
茨城県ペストコントロール協会 理事に就任。会員をはじめとした同業者向け講習会等においても研修講師を務める。
2021年~
県内農場における鳥インフルエンザや豚熱(豚コレラ)等の発生に伴い、茨城県ペストコントロール協会の感染症予防衛生隊 隊員として養鶏場を出入りする大型車両等を対象とした防疫(車両消毒)作業に従事。以降、場所や時期を変えて発生する各種感染症対応業務、社内外の感染症対応人材育成にも従事。
2023年7月
代表取締役に就任。現在に至る。
今後も学生時代に養った理論的思考・物事の理由を徹底定期に探求する姿勢を変えることなく、有害生物の生態や効果的防除手法について日夜 情報収集・研究につとめ、保険営業を通し培った 数字的根拠とともにメリット・デメリットを平易な言葉で伝える技術に磨きをかけ、顧客と良好な信頼関係を築きつつ高品位な施工を提供し、以て地域社会の人々の安心・安全を護ることに寄与できるよう努力してゆきたい。
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